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プロフィール
富士市商工会

2020年07月31日

現在(いま)を生きる我々が彼らから学べること

 新型コロナウイルス感染症の収束が依然として見通せない中、
さらに今年の7月は、全国的に大雨が多く発生し、
被災された皆様に改めてお見舞いを申し上げ、合わせて
一刻も早い復旧を祈念申し上げます。

 富士市商工会青年部ですが、現在できる活動を
着実に行っております。
 7月の会議(7月15日)も、感染防止に努めながらの開催。

 しかし、毎年7月は、8月第1土曜日に行われる
ふじかわ夏まつり
の準備で、非常にバタバタしているはずが、
ふじかわ夏まつりの中止を受けて、
例年よりは静かな月になりました。

会議中、青年部で取り組んでいる
「地元の歴史・文化をもっと知ろう」
の進捗状況について報告していると…

「あれ、今年の木島投げ松明って、やるの?」

と、地元の様々な伝統行事が、新型コロナウイルス感染症の影響で
今年開催するのか分からず、

「中止が今年だけで済めば良いけど、
 祭りとか行事は、一度無くなると復活させるのが難しいからなぁ…」

と、地元の文化の継承が絶たれてしまうことへの不安とともに、
文化を受け継いでいくことの大事さを、
部員の皆さんが改めて感じました。

(※…「木島投げ松明」は、 毎年お盆に、富士川の川供養を目的とした、
 富士川流域の火祭りのひとつです。投げ松明や手筒花火などが荘厳
 なのですが、今年は残念ながら、公開の行事は中止となりました顔11。)


「昔の人も、その当時のいろんな問題があったりして、
 苦労しながらそれを解決してきたんだろう」
と、地元ゆかりの名士について掘り下げることになり、
田中光顕
角倉了以
の二人の名前が上がりました。

 田中光顕(1843~1939)は、幕末の土佐藩士で、
陸援隊幹部として倒幕に関わり、
明治維新後は政府・軍の要職を歴任し、宮内大臣を務め…
と、非常に華麗な経歴を持ち、坂本龍馬と中岡慎太郎が
近江屋で襲われたときに真っ先に駆け付けたとか、
興味深い話も伝わる人物です。
 旧富士川町岩淵に古谿荘を建て、晩年には蒲原の青山荘
暮らしながら古谿荘も来客をもてなすために使い続けたそうです。

 角倉了以(1554~1614)は、戦国時代から
江戸時代初期に活躍した京都の豪商で
京都の大堰川、高瀬川の開削、
江戸幕府の命を受けた富士川の開削など
河川開削・土木事業家として功績のある人物です。
富士川の開削は慶長12年(1607年)に行われ、
これによって甲州(現山梨県)鰍沢と岩淵が
舟運で結ばれ、のちの通船の発展につながったそうです。

現在、富士川の河畔の渡船場跡には、
田中光顕が揮毫した角倉了以の紀功碑が建っています。


 現在の富士市岩淵の地域社会が形づくられる上で、
この両名の影響はとても大きく、現在、地元で事業に励む
青年部員の皆さんも、その影響を受けている訳です。
 この二人の名士、調べれば調べるほど地元との関わりについて
興味深い話が出てくるので、部員の皆さんの中で、
更にいろいろ調べてみようという機運が高まりました。


 今年は残念ながら、ふじかわ夏まつりの花火を
眺めることは出来なくなりました
(でも、
  花火があるということは…
  =まつりがある
  =青年部は出店でバタバタ
  =花火を見る余裕のない状況顔15汗

が、新型コロナウイルス感染症の収束を願いつつ、
富士市商工会青年部、しっかり活動を進めております顔01

(文責 事務局加藤)  


Posted by 富士市商工会 at 19:49Comments(0)